めぐり逢いそしてめぐり会い

西沢が、地域の風景、遊び、近況をお伝えします

私は昭和38年から、長野市の学校に遊びに行っていました。(勉強は不得意のため)
その学校には鬼無里村の方が数人いました。
寮生活だったため仲良くなり、鬼無里村やお隣の小川村のことなど、話を聞いてよく知ることとなりました。

先日あるお客様から、鬼無里村の中古住宅を売ってほしいと頼まれ、家を見に行ってきました。
一時間ほど仕事をし、さぁ帰るかとなりましたが、ただ来た道を戻ってもつまらない。
そこで、昔同級生から聞いた場所や地名、久しぶりに見学をしました。

18歳頃、鬼無里村に住み込みで6か月くらい働いて、家づくりをしていたこともあり、10代の頃の思い出とめぐり会いを楽しんできました。

今は人口も少ないと思いますが、力いっぱい生活している方々の姿を見て、私も元気をもらって帰ってきました。

鬼無里との縁写真1

鬼無里との縁写真2

教わって一番興味深かった地名の一つ、東京。(ひがしきょう、と読むようです。)
他に西京という地名もあります。
鬼無里の東京

鬼無里の東京2

鬼無里との縁写真5


長野市鬼無里の中古住宅、YOUハウジングでご紹介中です。
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私の入院していた時に知り合った方からお電話あり。
信州サーモンとイワナを売っているので食べに来いとのご命令。
そんなわけで穂高へ行ってきました。

魚は大変おいしく、信州サーモンを刺身で、イワナは塩焼きで頂きました。

写真1

写真2

帰りは私の悪いクセというか、あちこちフラフラ寄り道です。
あまりにもアルプスが綺麗だったのです。

写真3

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穂高から大町へ行き、明科へ出て帰りました。

途中、10年くらい前に出会った、えびす様と大黒様に立ち寄りました。
最初は田んぼにまつられている道祖神様かと思いました。
しかしよく見たら、大黒様とえびす様。
久しぶりにお会いできました。

こんなめぐり逢いがうれしいですね。

写真5

写真6

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3月

30

先日、木曽御嶽大神様にお祓いに行ってきました。
午後1時に上田を出発し、6時半に帰還の道程です。

国道19号沿いに、黄色の花がギッシリ咲いていました。
最初、何の花かと思いましたが、福寿草です。
個人の方が手入れをされていると思いますが、500坪くらいの面積にとてもきれいに咲いていました。
西日が差してなんとも言えない黄色の輝き。
自宅の床の間の掛け軸が、中国の先生が書いてくれた福寿草です。何のご縁かとてもすがすがしい気持ちになりました。
木曽の福寿草


以前、10年以上前ですが、この辺りでお寺さんを見た記憶があり、途中寄ってみました。
3つのお寺に伺いました。
木曽のお寺さんはきれいですね。木曽義仲や巴御前に縁のあるお寺も多いです。
ぜひ、木曽のお寺さんめぐり、七福神もあるので、巡られてみてはいかがでしょうか。
木曽のお寺1
木曽のお寺2
木曽のお寺3
木曽義仲、巴御前に縁のある説明板


途中にはこんな場所も。すごい!
川べりの建物

木曽御嶽大神

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上室賀の自治会館で、中国に行かれていた方々と交流を深めました。
計40名が集まりました。

日本の餃子とは形が違う、でも中身は同じ、料理を作って食べ、ワイワイと過ごしました。

私は、作ることはダメ、しかし、つまみ食いは得意。
ゴミ片付けも得意です。

楽しいひと時でした。

写真1

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一年位前から肩は痛かったのです。

私は若いので二十肩による痛みだと思っていました。(決して五十肩では無いのです!)
しかし病院で診てもらったら、肩の筋が切れているとのこと。

手術が必要とのことで、一か月間の入院生活となりました。

手術は痛くなかったのですが、その後のリハビリのまぁ痛いこと。
ただひたすら耐えるだけです。

個室に入れられ、社会と触れ合うことがありませんでした。
トイレは必ず看護士さんが同行。
夜は天井から手を吊り上げられた状態でした。

内臓が悪いわけではないので、院内にあるコンビニに日々通い、サラダ、納豆、パンなどを購入。
胸には24時間、直径40センチ程の美しい女性を抱きっぱなしで過ごしました。

通常になるまで、皆さん六か月くらいかかるようです。
ですので、退院後も毎日通院とあいなりました。

やっぱり社会の空気が最高ですね。
それと健康の大切さ、ひしひしと感じました。

4 人の方が拍手しました。



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